そんな中、Intel社が開発したのがFAMOS技術を採用した1702です。1971年2月のISSCC(国際固体半導体会議)で発表された256×8
bit構成のFAMOS UVEPROMです。FAMOSとはFloating gate Avalanche injection
Metal Oxide Semicondctorの略で、MOS FETのゲートをどこにも接続せずに二酸化珪素の絶縁薄膜の中に埋め込んで(フローティングゲート)、FETのチャネル-ドレイン間でアバランシェ降伏をわざと発生させたときに生じる高エネルギーのホットエレクトロンをフローティングゲートに注入(アバランシェインジェクション)することで記憶します。フローティングゲートの電荷の有無が0と1に対応するのですね。フローティングゲートはどこにも接続されずに絶縁されていますから、注入された電子は逃げ出すことができません。
ではどうやって消去可能になるかというと、紫外線照射です。紫外線消去可能(Ultra-Violet
Erasable)なプログラマブルROM (PROM)ということで、UVEPROMという呼び方もされます。フローティングゲートに閉じ込められた電子が紫外線のエネルギーを吸収して絶縁膜を通り抜けるのが可能な程の高エネルギーになります。ある波長よりも短波長の紫外線でないと、それだけの高エネルギー状態に電子を励起できませんし、充分な量と時間を照射しないと閉じ込められているすべての電子を追い出すことはできません。
左はIntel製の1702A。右はNational Semiconductor社のMM1702A。遮光シールを持ち上げてますね。Intel製の石英窓がすりガラスになっているのは、どこにいったのかな。中は見えないんですけどね。この透明石英窓の1702Aは、パッケージの形状も古いタイプで、現時点でピンが折れやすくなっています。おまけに石英窓が接着剤でパッケージ表面に貼り付けられていて、枠とかガードとかが無いので、なんかのはずみでものにぶつかって窓が破損しやすくなっています。注意せねば。なお、このIntel製のものとNS製のものは、肉眼レベルの観察ではほぼ同じマスクのように見えます。少なくとも、チップ上の回路ブロックの配置は同一です。
UVEPROMには、紫外線をチップに照射する必要があるため、紫外線透過率の高い石英ガラスの窓の付いた特殊なパッケージが使用されます。消去に使われる短波長の紫外線は照明器具や地表に到達する太陽光にはほとんど含まれていませんから、そう簡単には消えません。しかし、安全のためともうひとつ別の理由のために、書き込みが終わったROMの窓には遮光シールを張り付けるのが普通です。実は、このもうひとつの理由の方が重要です。一般に半導体のPN接合に充分なエネルギーの光を照射すると、太陽電池になってしまいます。シリコンの場合だと、ほぼ可視光全域で起電力が生じます。これは太陽電池として作成されたものだけでなく、たとえば普通のトランジスタのパッケージを開けて光を照射すれば起電力を生じます。UVEPROMのチップも例外ではありません。可視光では記憶内容は変化しませんが、内部のPN接合一つ一つに起電力が発生するのです。室内照明くらいの強さの光では、この起電力で内部回路が誤動作することはありませんが、カメラのフラッシュのような強力な光が照射されると、本来はオフになっていなければならないトランジスタがオンになるくらいの影響を受けてしまいます。試作品の完成記念写真を撮影した瞬間に暴走したなんて笑い話はよく聞きます。そこで可視光を遮るシールが必要になるというわけです。
書き込み条件は、ある意味、異常ともいえるものです。主電源に+12 Vと-38 Vと-47 Vを加えるというのも驚きです。この中のたとえば-47 Vの電源ラインには200 mA流れる可能性があるので、これだけで10 W近くの消費電力です。これは1702Aの場合で、初期の1702ではピークで1.2 Aというから驚きですね。そのため、プログラミングは一瞬電源を加えて書き込みパルス(1 ms)を与えた後、ただちに電源を切断し、冷却するのを待たなくてはいけません。1702Aでプログラミングパルス幅の4倍の時間休みます。1702なら49倍の時間が休みです。これを守らず連続して書き込みパルスを加えると破壊します。1 Byte分を確実に書き込むには、トータル100 msの書き込みパルスを与えなくてはなりません。ですから、1702Aで約2分、1702では20分もの書き込み時間が必要です。さらに、アドレスやデータの信号も、電源電圧に合わせて0 V以上と-47 Vの電圧がHとLに対応します。つまり、約50 V振幅のロジックレベルで20本弱の端子を駆動しなくてはなりません。すさまじく面倒な書き込み回路になります。こういった高電圧は、アバランシェ降伏(絶縁破壊の一種です)を発生させて高エネルギーのホットエレクトロンを生成するために必要です。当時のLSI製造技術ではこれほどの高電圧を与えなくてはアバランシェ降伏を起こすだけの電場を作成できなかったり、ホットエレクトロンの生成密度が小さかったのでしょう。そのうえ、アドレスやデータ端子のTTLロジックレベルを高電圧振幅に変換する回路を内蔵できなくて、外部から直接高電圧でロジックレベルを与える必要があったのですね。
ピン配置はこうです。
A2 1 24 VDD
A1 2 23 VCC
A0 3 22 VCC
D0 4 21 A3
D1 5 20 A4
D2 6 19 A5
D3 7 18 A6
D4 8 17 A7
D5 9 16 VGG
D6 10 15 VBB
D7 11 14 CS*
VCC 12 13 PROGRAM
VCCとVBBが+5 V電源で、VGGとVDDが-9 V電源です。p-MOSらしくGND端子がなく、14
Vで動作しているものを+5 V分だけ電圧をシフトしてTTLレベルの入出力を実現しています。後の2708や2716系列とはかなり異なるピン配置です。
この1702Aはp-MOSプロセスですから、消費電力が大きい割にアクセスタイムが遅くなっています。アクセスタイムは0.75 usから2.5 usの間で1 usくらいのものが標準的です。8008には手頃ですが8080Aには遅めのメモリでウェイトサイクルが必要ですね。消費電力は平均で500 mW強ですが、VGGクロッキングという技が開発されて、平均消費電力をさらに減らすことができるようになりました。ちょうど1702Aでは、入出力回路の電源と、記憶内容を読み出すための内部回路の電源がVDDとVGGという2本の別々の端子に引き出されています。このうちの後者の電源を、読み出す瞬間以外はオフにしてしまうことで、消費電力を大幅に低下させることができます。内部回路に電源を与えて0.2 us後には通常の読み出し準備ができましたから、事実上のアクセスタイムの悪化はありません。CPUが内部処理を行っている時間ばかりか、1702Aの256 Byte程度の容量では多数のメモリを実装する必要がありますから、CPUがデータを読み出しているメモリIC以外の電源を切ることができるわけで、相当の節電が可能になります。
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